ゴミ屋敷に住み、それを平気だと感じる心理の深層には、現代社会における深刻な孤独と不安が横たわっていることが少なくありません。人間にとって、何もないガランとした空間は、時に自らの孤独を強調し、存在の希薄さを突きつけてくる恐怖の対象となります。そのような状況にある人にとって、部屋を埋め尽くすゴミや不用品は、自分と外の世界を隔てる「壁」であり、あるいは自分を包み込んでくれる「繭」のような役割を果たします。物に取り囲まれている状態は、視覚的な情報量を過剰にすることで、寂しさという感情が入り込む隙間を物理的に埋めているのです。この心理状態にある人は、客観的な不衛生さよりも、物がなくなることによる心理的な「寒さ」を恐れます。だからこそ、ゴミに囲まれている方が精神的に安定し、結果として「このままで平気だ」という感覚が形成されます。このようなケースでは、物を捨てるという行為は、自らの心の支えを奪われるような痛みとして感じられます。ゴミを捨て、空間を空けるという行為は、心の中に新しい何かを迎え入れるためのスペースを作る作業に他なりません。最初は、何もなくなった部屋に不安を感じるかもしれません。麻痺が解けた直後は、これまで無視してきた汚さへの嫌悪感や、自分を責める気持ちが押し寄せてくることもあるでしょう。また、将来への不安から物を溜め込むホーディングの傾向がある場合、すべての物を「いつか必要になる大切なリソース」だと定義し直すことで、平気でいられる根拠を自ら作り出します。この場合、本人はゴミの中に住んでいるのではなく、宝物に囲まれて生きているという認知の歪みが生じています。ゴミ屋敷で平気でいられるのは、そう思わなければ生きていけないほどに、その人の心が追い詰められている証拠でもあるのです。解決のためには、単に部屋を空にするだけではなく、その人が物を溜め込むことで得ていた安心感を、人間関係や社会的な繋がりといった、より健全な形で提供する必要があります。心の空洞が他者との絆で満たされたとき、初めて本人は「ゴミという壁」を必要としなくなり、自分の生活環境の異常さに気づくことができるようになるのです。
孤独と不安をゴミで埋める心理が平気という感覚を作る