戦前・戦後の物がない時代を生き抜いてきた高齢者にとって、「物を大切にする」「最後まで使い切る」という価値観は、何物にも代えがたい美徳であり、生きるための知恵でした。しかし、この「もったいない」という高潔な精神が、物の溢れる現代社会と、判断力の衰える老後という状況において、皮肉にもゴミ屋敷を作り出す主犯格となってしまうことがあります。なぜ、高齢者はボロボロになった包装紙や、二度と使わない古い家電をこれほどまでに溜め込んでしまうのでしょうか。それは、彼らにとって物を捨てるという行為が、かつての乏しい時代を必死に生き延びてきた「自分自身の肯定」を捨て去るように感じられるからです。一つ一つの物には、手に入れた時の苦労や、大切に使ってきた記憶が染み付いています。それが客観的に見て「ゴミ」であっても、本人にとっては「資産」であり、人生の功績そのものなのです。また、高齢になると「いつか必要になるかもしれない」という不安が、若年層よりも強くなる傾向があります。将来への不透明さや経済的な不安を、物の備蓄によって解消しようとする心理が働き、その結果、使い切れないほどのストックが部屋を占拠していくのです。この「もったいない」という呪縛を解くのは容易ではありません。「まだ使える」「もったいない」という正論に対して、子供や周囲が「そんなものゴミだ」と切り捨てるのは、相手の価値観への冒涜となり、激しい反発を招きます。解決の糸口は、物の価値を「将来使うかどうか」ではなく、「今の生活を安全にしているか」という軸にシフトさせることにあります。例えば、「物を取っておくことで、つまずいて転んだら、もう二度とこの大切な物たちと一緒に過ごせなくなるよ」というように、本人の大切にしている価値観を逆手に取り、整理の必要性を説くアプローチが有効です。また、リサイクルや寄付という選択肢を提示することで、「捨てる」という痛みを感じさせずに手放す手助けをすることも大切です。
もったいない精神が老後のゴミ屋敷を加速させる皮肉